小原流のお家芸の一つ「写景盛花」は単純に水盤の上に自然を表現するだけではありません。その自然盛花を通して様々な作者の理念が込められているのです。
その中で!僕がとても好きな教えがあります。
【東岸西岸(とうがん西岸)の柳、遅速(ちそく)同じからず、南枝北枝(なんしほくし)の梅、開落(かいらく)既に異なり】
これは平家物語の一節を引用したものですが水盤上の柳も東岸の柳は芽吹いているが西岸の柳はまだ固い、一本の梅の木も南側の枝が花開く時、北側の枝はまだ蕾がかたいという意味で、季節の移ろいを内面にふくんでおります。
いけばなは專應口伝により理論化された事でいけばなが確立されました。ただ単純に綺麗に生けるためでしたらいけばな以外でも世界中で行われている事です。やはりいけばなの内面にあるロジックが人々を惹きつけているのです。そんな中でも写景は、先人たちがじっくりと温めてきた理念がたっぷりと含まれています。ただ最近ではそこの大事な部分の伝承がなされていないことに不安を感じます😓